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災害時にやるべきことを仕組み化する防災プロセス工学。東大沼田研究室とRebglo.が定義する、停電しても事業が止まらない電力量とは?

2024年1月1日に能登半島沖を震源とする「令和6年 能登半島地震」が発生するなど、日本では未曾有の大災害が定期的に発生するなかで、災害時に迅速で的確な対応が常に求められています。

そんな中、災害発生時の作業手順を仕組み化する防災プロセス工学の研究を行い、さらにRebglo.との共同で災害時に必要な電力量についての調査を行っている東京大学生産技術研究所の沼田宗純准教授に、防災プロセス工学の研究にいたった経緯や研究内容、さらにRebglo.との共同研究に関するお話を伺いました。 

Rebglo.と沼田研究室の共同研究プレスリリース
株式会社REBGLO、東京大学 生産技術研究所 沼田研究室と、災害時の電源確保に関する定量的な指標作成に向けた共同研究を開始

東京大学 生産技術研究所 防災プロセス工学 准教授 沼田 宗純(ぬまだ・むねよし)
1977年神奈川県秦野市生まれ、東京大学大学院情報学環/生産技術研究所准教授。専門は、防災プロセス工学。防災活動をプロセス化することで、標準化した防災システムを構築し、全国への普及展開を図っている。 


災害発生時の最適な作業手順をプロセス化する「防災プロセス工学」

まず前提として災害や防災はいろんな分野が関わっているため、どのような災害対策業務があるのかという定義が難しく、まず災害対策業務とは何かを定義づけることが非常に重要です。

例えば、以下のように対策を考える事項が多岐にわたります。

  • 場所:被災地の建物や避難所、物資を配るための道路など

  • 行動:避難所の運営や食糧の配給、廃棄物・遺体の処理、電気・水道といったライフラインの管理など

これらの整理を行い、沼田准教授が研究する防災プロセス工学では8分野47種類の枠組みにしました。災害対策の体系化に加えて、それぞれの手順と流れをしっかりと作ることが目的です。

防災プロセス工学で体系化した災害対策8分野

  1. 災害対策原論

  2. ガバナンス

  3. 災害情報

  4. 救助・災害医療支援

  5. 避難・被災者支援

  6. 地域再建支援

  7. 社会基盤システム再建

  8. 社会経済活動回復

沼田「福祉施設の方は福祉のプロであっても、災害時にどう動いたらいいのかわからないので、災害が発生した後に、どういうプロセスで、何をどうやるのかを一つ一つ手順を追って考えるものが、防災プロセス工学です。

一般的な市町村の行政が定義している業務レベルだと、1〜47種類までありますが、全業務を行うのはオーバースペックであるため、民間企業・団体で使用するケースの場合、必要ない業務は削ぎ落として各民間企業の事業内容や環境、組織体制などに合わせて最適化していきます。そうすると、残ったものがその施設や民間企業、それぞれの企業・団体で災害発生後に最適で必要な業務になります」

斜面災害の研究から、防災プロセスシステム設計に取り組んだきっかけ。ブリコラージュ(Bricolage)型の日本の災害対応現場

沼田准教授が研究に取り組まれた原体験は、祖母の家がある富山県に帰省する道中で目の当たりにした土砂災害現場にあるとのこと。

沼田「大学では博士課程まで土砂災害の研究をやっていたので、もともと災害に関心はありました。土砂災害の研究をしていたときに、災害対応自体が上手くいってない事実をよく耳にするようになりました。そこで、実際に市役所に足を運んで話を聞いたり、災害の現場に足を運んだりすることで、現場の混乱や苦難を体感しました。『なぜ混乱するのか?』と、聞くと『何をやっていいかわからないんですよ』とよく言われました」

沼田准教授作成の防災リーダー講座資料より抜粋

その後、沼田准教授は、災害対応を標準化できないか模索することになります。その後の調査で、標準化につながる一つのヒントを見つけたのです。 

沼田「分かったことは、『日本に基準はあるようでないということ』。例えばアメリカは『ESF(エマージェンシーサポートファンクション:災害対応に必要な機能を具体的に示したもの)』といって、災害時における基本的な対応項目が定義されています。

日本の災害対応はブリコラージュ(Bricolage)型です。ブリコラージュは、フランス語の「bricoler」に由来し、ありあわせの手段・道具でやりくりすること、ある目的のためにあつらえられた既存の材料や器具を、別の目的に役立てる手法などの意味があります。ブリコラージュ型の対応であるために、現場における基本の『型』がなく試行錯誤しながら初動対応を進めるために後手後手の対応になっています。そこで日本の災害対応業務を定義し、標準化の推進に貢献しようと考えました」

沼田准教授はそこから数年かけて過去の災害を洗い出しつつ、さまざまな人にヒアリングした結果、8分野47種類で体系化しました。現在、それを利用し支援システムである災害対応工程管理システム「BOSS」や教育プログラム作りに取り組まれています。

約60自治体などで導入。8分野47種類の災害対応工程をフロー化した災害対応工程管理システム「BOSS(ボス)」

災害発生時に迅速に状況を把握し、多岐にわたる対応をスムーズに成功させるために開発された災害対応工程管理システム「BOSS(ボス)、Business Operation Support System」。沼田研究室が開発し、2017年から導入自治体を増やし、現在は約60自治体で導入されています。

「BOSS」の目的は、災害対応を「見える化」し、災害対応業務の標準形を示すことで、現場での臨機応変な対応に貢献すること。災害対応工程を8分野47種類にフロー化することで、全体を容易に把握でき、個別業務フローはそれぞれの分野や業種業態に合わせて自由に編集可能。その情報を一元管理し、他の自治体と共有することもできます。

『消防界のディズニーランド』テキサス大学で最先端の防災教育を学ぶ

沼田准教授は、「BOSS」の開発の後、「DMTC(災害対策トレーニングセンター)」という研究・教育組織も設立しました。現状の日本における防災教育について、行政職員向けの知識を蓄積するプログラムはあるものの、体験まで提供でき、知識と行動を身体に染み込ませるような教育機関はなかったと言います。その思考にいたったのも、とある渡米での体験がきっかけでした。

沼田准教授作成の防災リーダー講座資料より抜粋

沼田「トレーニング・プログラムを作るための調査で、消防教育で有名なテキサス大学に行きました。そこには、日本の消防関係者の方や世界中の災害対策に関わる関係者たちが世界中から集まってきて、まるで『消防界のディズニーランド』のようです。そこで、僕が口酸っぱく言われたのは『まずちゃんと教育プログラムを作りなさい』『教材をちゃんと作りなさい』『それがないと施設があっても使えないから、そこは勘違いするな』と。

だから防災プロセス工学で8分野47種類を定義して、災害対策のフレームワークを設定しました。このフレームワークをもとに、教育プログラムを開発し、教材を作成しているのも、テキサス大学へ行ったことがきっかけでしたね」 

アメリカ・テキサス大学で実施されている災害・防災に関するトレーニングの様子 by Texas A&M Engineering Extension Service (TEEX)

テキサス大学での体験や調査を経て、日本にはなかった防災や災害発生後の対応について、実践的に学べる科目と研修を受けることができる「DMTC(災害対策トレーニングセンター)」が生まれました。

沼田「いろんな災害の現場に行くと、基礎を学ばないで現場に派遣されてる人が多い。だからこそ、きちんと体系的に知識を勉強し、体験もして、それで血肉となった上で実際の災害対応の現場に臨んでほしい。それがないと、安全配慮をしないで現場の危ないところに行くことになるので、2次災害があったり、余震があったり、その後もまだ土砂災害もあったりした際に、予期せぬ事態への危機意識や突発的な対処ができなくなってしまう。そういった安全配慮も含めて、体験してもらうために『DMTC』を作りました」

「災害時に必要な電力基準を定義する」Rebglo.との共同研究にいたった経緯

現在、Rebglo.と沼田准教授の研究室は、災害対応業務の体系化やシステム化など、災害対応の効率化を実現するために、約2年にわたって共同研究を行っています。その中でも、力を入れているのは「災害時の電源確保に必要な能力要件を定義」するための共同研究です。

Rebglo.代表の村越と知り合ったきっかけは、沼田准教授が元々関わりのあった、モバイルバッテリーのシェアリングサービス「チャージスポット(ChargeSPOT)」を提供するINFORICH社からの紹介を受けたことがきっかけです。

現在、Rebglo.とINFORICHは、福岡市役所へのポータブル防災電源の提供や、防災・減災の啓発イベント「TOKYOもしもFES」の共同出展など、事業連携を行っている(福岡市役所本庁舎に「ミルミルワーカー」✕「チャージスポット」を導入

沼田「村越さんと話をする中で、災害時に電力がないといろんなものがストップすると。ただ、災害時にどれぐらいの電力を用意したらいいのか基準がないから、それを作りたいって話をしていました。例えば、施設の大きさ、あるいは使用する電気の容量から、災害時に最低限必要な電力の基準を作る。そうすると、それが目標値になり、皆さんが災害対策の準備をしやすくなると思い、共同研究を始めたんです」

基準作りにあたって参考にしたのが漁港の事例。そこでは、台風で被災した漁港の電力が停止してしまったことで、捕った魚が死んでしまい、商売にならないという課題がありました。そこで、Rebglo.と沼田准教授の研究室メンバーは、千葉の漁港や福岡の玄界島で調査を行い、BCP時の予備電源がどのように有効に働くか、研究を開始しました。 

福岡市西区の玄界島。福岡の海の玄関口・ベイサイドプレイス博多から、船で35分の距離にあります。人口は令和5年5月末現在で約360人、就業者数の半分以上は漁業関係者

介護施設・老人ホームの電力基準を作る問い「必要な電力は何ですか?」

また、漁港以外にも、被災後必ず電力が必要になる医療機関や高齢者施設にも調査範囲を広げています。 

沼田「厚生労働省が介護施設・老人ホームのBCP対策を義務化(2021年の「令和3年度介護報酬改定」)しています。電動ベッドやペースメーカーなど、介護機能には電力を必要とする機材が多いため、停電時に電力がないと、介護施設・老人ホームの運営はうまくいきません。高齢者施設も漁港などと同様に、『どれぐらいの電力を災害時に確保したらいいのか』という基準を作ろうと、共同で調査を行っているんです」

 介護施設・老人ホームでは、

  • 普段どれぐらい電力を使ってるのか

  • どんな機器の電力消費が多いのか

  • 電力の使用用途や使用量はどれくらいか

などの実施調査を行っています。その他にも、災害時や電力に関するアンケートなど、統計的な調査も実施しています。 

沼田「この調査から、施設は何に、どれくらい電力を使っているのかが明確になります。そこから、災害時・緊急時にどの電力をどれくらいカットしたらいいかを議論し、災害時に最低限確保すべき基準を作ることが必要になります。

『(普段使っている)電力をどこまで下げられますか?』と聞くと、みんな普段と同じ状況を当然望むので、あまり電力は下げられません。ただ、『(逆に)何が必要ですか?』という問いから始めると、命に関わる最低限の電力が分かり、基準になるんです」

「私たちは災害対策のために生まれてきたわけではない」 人生を楽しむために実現したい世界

沼田「僕としては『BOSS』をもっといろんな業界で使っていただきたいし、『DMTC』で多くの方が学んでほしいと思います。また、Rebglo.さんとの共同研究でさまざまな業界の『災害時に必要な電力基準を定義』していきたいですね。みんなが災害時に最低限必要なことを知っていれば、普段から防災のことを心配しなくてよくなるじゃないですか。

災害対策は発想がマイナスからスタートします。僕らは災害対策をやるために生まれてきてるわけではないし、人生を楽しんで充実させることが生きる目的です。会社を成長させたり、プライベートを豊かにしたりすることにフォーカスするためにも、災害時に最低限必要な知識や基準づくりを行っていければと思います」

撮影:山野一真
執筆:望月大作
編集:ヤスダツバサ(Number X)

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